寺田家住宅について(主屋及び土蔵 国登録有形文化財 意見具申中)

寺田家住宅の概要

大阪府泉大津市東港町に位置する寺田家住宅周辺は,戦国末期に南溟寺(同市神明町)を中核として形成された寺内町にあたります.同家が長く所蔵していた延宝7年(1679年)検地のための付図「下条・宇多両大津村村絵図」(泉大津市へ寄贈、泉大津市指定文化財)によれば,内町筋(現・浜街道)を南北主軸とした整然たる町割りが形成していたことがわかり,その街区構成は現在も良好に維持されています.

寺田家は近世,下条大津村の庄屋や加子惣代を務めるなど,農業及び漁業を生業とした地域屈指の有力家でした.明治22年の大津村成立時には初代村長を輩出したほか,近代的な織物業が盛んになった時期には組紐製造の「寺田工場」を立ち上げるなど,地域の政治・経済の両面で重要な役割を果たしてきました.

屋敷地は内町筋の西側に位置し,間口14m,奥行26mを有します.通りに東面する主屋は本瓦葺き平入切妻屋根の「ツシ二階建て」で,主屋の背後には大型の土蔵を配しています.

昭和36年(1961)撮影 航空写真

寺田家住宅の主屋

寺田家住宅主屋は,間口桁行七間,上屋梁間三間半の本体部に,座敷二室分の角屋(つのや)が上手の裏側に突き出した構成を持っています.この角屋部は昭和50年頃に前身の座敷棟に倣って改築されたものですが,復原調査においても現状と同規模の輪郭線が示されており,当初から角屋が存在していたと判断されます.角屋座敷には長押(なげし)を廻し,縁を鉤の手状に配するなど,一層格式の高い設えを示しています.

主屋本体は下手(しもて)の土間部に対し,上手(かみて)の居室部を二列四室に配する「整形四間取り」を基本としています.当地の近世近代の町家は,奥行よりも間口幅が長い農家的な構成をベースとしますが,当家もその典型です.通常この型式では上手列の部屋に座敷飾りを設けるのが基本形ですが,当家主屋の居室には押入があるのみで座敷飾りを備えていません.この点からも当家は当初から角屋座敷を裏手に伸ばし,接客空間の拡充を図っていたことが伺えます.

構造上の大きな特色は,柱間に胴差(どうざし)を渡し,その下に薄鴨居を釣る手法にあります.当地の町家は胴差が鴨居を兼用する「胴差鴨居」の事例が多いですが本住宅は異なり,この「釣鴨居」の使用はこの地域において明治期以降用いられるため,建築年代を明治前期と推定する根拠の一つとなっています.この構造により一階の天井高が高まり,広々とした内部空間が生み出されています.また勝手土間の上部は大きく吹き抜けとなり,屋根上の越屋根(煙抜き)の下部を望むことができるなど,往時の面影を充分に留めています.

二階はミセ土間上部を物置(ツシ)とする一方,居室上部は畳敷きに棹縁天井を張った二階居室としています.当家は地域で二階居室を設ける最古の事例であり,和釘の使用や竹を用いた数寄屋風の座敷飾りの存在からも,明治前期頃の成立として矛盾はありません.大正期の松内家住宅など後の時代に二階居室を有する事例と比較しても,極めて早期に二階の居室形成を果たした点において,民家建築史的に注目されます.

外観は本瓦葺きの大屋根と通り庇を備え,黒漆喰で軒裏まで塗籠められた二階外壁には,三つの虫籠窓(むしこまど)が均等に割り付けられています.一階の表には,用途に応じて意匠が異なる三種類の出格子を並べ,長い間口に変化と品格を添えています.寺田家住宅は,伝統的な形式をよく保全継承しつつ,近代的な構成を先駆的に取り入れた町家の到達点を示す建築であり,浜街道の歴史的景観の形成に極めて大きく貢献しています.

主屋 外観写真

寺田家住宅の土蔵

寺田家住宅の土蔵は,切妻本瓦葺きの二階建てで主屋と並行に建っています.建物の規模は,桁行五間,梁間二間半に及び,主屋側に二箇所の入り口を設けています.内部は一階,二階ともに仕切りのない広大な一室となっており,二階の東西の壁面には銅製の扉を備えた小窓が開けられるなど,重厚かつ機能的な外観を呈しています.

構造面での最大の特徴は,この大きな屋根を支える合理的な骨組みにあります.棟木の下には「地棟」と呼ばれる松の太い丸太材を一本通し,一間間隔で並べた登梁をこの地棟に架け渡して屋根を構成しています.この長い地棟を中央の一本の柱のみで支える手法により,室内には遮るもののない広い空間が確保されました.こうした大規模な造りは,業務用の酒蔵を除けば地域でも類例がなく,有力家であった寺田家の勢力を象徴するものといえます.

建築年代は,構造形式や和釘の使用例から明治時代前期頃と推定されます.この土蔵は単なる貯蔵庫ではなく,主屋の奥座敷から庭園越しに眺められる景観の一部として,接客空間と一体となった格調高い裏庭を演出する役割も果たしています.当初の姿を良好に留めているこの土蔵は,当地の町並みが織りなす歴史的環境において極めて重要な存在であると言えます.

土蔵 外観写真